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2008年1月 6日

初廃墟

今年は,人生と人命を脅かさない程度に探索をしていこうと誓ってみる.
楽に見られるモノ(距離的&難易度的に)は既にほとんど攻略済みが多いので,ハイリスクハイリターンばかりが残ってしまった.
再訪してみたい物件もあるのでそこら辺も押さえておきたいところ.

Dsc_1704s 一発目は何となく通ったムーラン乙女.ここに来るのは何度目か(;・∀・)
変化なしと言いたいところだけど,残念ながら変化有り.入れそうな間口にバリケードが施されていた.今まで「どーぞ」と言わんばかりに大きく口を開けていたのが不思議な位だから至極当然なのかも.でも,よく見ればちょっとやんちゃな人はすぐ入れる突破口があるのであまり意味がなかったりする.目張り,もうちょっとちゃんとしようね.
中は変化なし.小綺麗なまんま.
↑ここに行ったのは3日・・・

Dsc_1080sで,6日は,清越金山へ.小さいけど見応えありとの前評判を信じて行ってみたが,なるほど木造建築はいいねぇ.
ヤケに真新しいテレビアンテナや南京錠が掛かっていたりとちょっとビクビクするところもありながら早朝は人の気配もなく安心の探索.

冬だってのに背丈以上もある枯れ薮が行く手を阻み捜索難航.廃墟では鉄製よりも木製の方が腐食が少なくて安全な確率が高いなんていうセオリーもどこへやら・・・.階段は途中で崩れてたりして,とても使う気にはなれない.
建物内の移動が難しいので崖っぷちに建つ建物を上から下から入って見て回った.

昭和62年4月の公休発表が貼られていることから廃墟年齢はおそらく21歳位.いくつもの階層になっていながら天井が非常に低いこの建物は昭和の晩年まで使われていたらしい.木造建築としての雰囲気は某山頂にある旅客空中ケーブルの方が上かも.金山とて残留物はほとんどなく作りつけのモノが少々あったけど鉱山に対するキョーミがないので何に使ったのか全く分からず.唯一分かったのはトロッコと索道だけ.線路はへしゃげてたけど小さくてカワイイ.

清越金山のある土肥町といえば,昨年の台風17号で崩れたR136号線が有名だけど,話が長くなるので後日に・・・.

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